有限会社ACAハセガワでは、貴女の為に世界で一つのハンドバッグをオーダーメイドで作り上げます。ARS樹脂、プラスチック、アルミニュウム以外の革・皮製品のあらゆる修理の相談に乗ります。

家族姓で登録商標

わが国では昭和35年1月28日はまで苗字(ファミリーネーム)や姓名、名前では商標登録が出来なかったのです。いわゆるありふれた名前は相応しくないとの法があったからだ。

単に、名前を区別するだけのブランドであれば屋号や社名やニックネームでもよいのです。が、商標登録となりますと審査も厳しい特許庁の認可が必要です。単なるロゴマークが正式なトレイド・マークと変わります」。

私の実家ハンドバッグのハセガワ(電話を受ける時には”ハンドバッグのハセガワでございます”と発声していました。これは祖父長谷川五郎が決めました。
ここで弁理士の井上一平さんが登場します。五郎は昭和28年、小判マークの中に”ハセガワ”という図案で商標登録を申請いたしました。が、翌年29年に却下の通知が参りました。顕現性がない一般の姓名であるとの理由です。

しかし、長谷川五郎は納得しません。長谷川で製造した品物は倅や娘と同様なのだから製造者責任を自覚して商いをするとの思考で新聞・雑誌に長い事、小判マークで”マークで買えるハンドバッグ”、長谷川合名会社の広告を
掲出していました。

五郎の意思はこのことから、ロゴマークでほかの同業とは区別をして、責任の所在をお買い上げのお客様にも理解してほしいということを表している。そこで、申請時からお世話になったべ弁理士井上一平先生と昭和29年正式に特許庁を被告とし、提訴した。それから東京地方裁判所から、始まり、昭和35年1月28日東京高等裁判所において判決をいいわたされ、長谷川川の勝訴となりました。




この後はどんな分野の商売でも姓名、苗字、名前(個人ネーム)で登録できる門戸が広がりました。
ブランドの力で思い出すのはあの大三越からレナウンに店頭の全商品にレナウンのロゴマークがついているが
三越だけにしてくれ、倉庫の品、今後の納品分もとの指示が出た子田がありました。当時のレナウンの代表者本間様はそれは拒否して全店からレナウン商品をトラックを動員して返品伝票を書き全商品を持ち帰ったエピソードがあります。

その後は ラモーダ、ラモーダハセガワ、ラモーダエレガンスなどのブランド商品を販売。今でもオークションサイトに掲載されています。