ハセガワのハンドバッグ・ハンドバッグのハセガワ、貴女の為に世界で一つをオーダーメイドで作り上げます。ARS樹脂、プラスチック、アルミニュウム以外の革・皮製品のあらゆる修理の相談に乗ります。

修理の名人は名工という

  バッグの修理の値段はなぜお高いの
ACAのハンドバッグ修理職人のメンバーには国内でも有数の誠に頼もしい方々がおります。
一口に修理をするといっても本来は大変経験のいることなのです。今回は私が晴子さんに話しながら理解をしてもらおうと思います。

晴子: バッグや鞄の修理てさあーどこに頼んだらいいのかな?ネットを見ても沢山ありすぎて迷っちゃうんだよね、いくらお金がかかるのかもわからないし、本当に心配なんだよね。

私:そうだよね、お店位持っていくと、このお品は当店でお取り扱いした品物ではありませんので、ここでは難しいです。お預かりできません。なんて慇懃かつ丁重にお断りされるんだよね。それに一般のお店だと作った会社が分からないと修理先もさがせないんだ。受けても修理代が幾ら位か、何日くらいで直るかもなんでわからない子が多いんだよ。

晴子:こないだ百貨店に持ち込んだら、今は当店では扱っていませんのですみませんと言われちゃった。

私:最近は百貨店でも問屋、輸入商が変わって長く売り場にいる店員、マネキンでないと余計にわかんないしね。
革あってきているから、売り場=買い場(お客様から見れば)もブランドごとに仕切られてるし、バッグ売り場を全体掌握していない時代になったので仕方がない面もあるよ。

ビッグブランドショップなどは部品の確保、修理の仕方など国内のメーカーと専属契約して部品やノウハウを外部には出さないところもあるし、他店で手を入れた品物は弊店のなんてゆわれるし。品物として認めません。
なんて言われてしまうし。

晴子:どうしてなの?

私:バッグを作る職人さんには自分の学んできた親方、工房、学校、教室によってそれぞれの特徴う。個性があるんだ。その究極にあるのがフランスのエルメスなのだね。同じ型紙、抜型で(裁断機で一瞬で裁断した材料で作業しても全く同じには出来ていないことがあるんだ。修理の時はこの辺を理解していないと変なものが出来たりする。特に,近年は裏素材が多様になっているので解いてみないと解らないことがあるんだ。

芯材は何を使っているか?パーツの縫い目はどうか、縫い目も沢山の方法があるのでね、金具の止め方、金具に故障はないか、ミシン針の形状は、太さは?等点検確認して直して行きます。珍しいことですが。工具から作る職人さんがいます。工具が出来るということは金具の再生ができるということなのです。本当に日本でも一人か二人でしょう。

このことは今の時代では大変なことです。1ケだけの金具をはじめから作ることですから。これだけで名工の名前がついても良いと思いますね。

晴子:なんで名工なの?

私:戦後、日本の経済の発展につれて、どの業界でも大量生産の耳朶になりましたね。こうなると、分業制が
普及してきました、すると一部の作業は出来るのですが、やったことが無い部分が生じてきます。
バッグの生産工程は下記のようになっています。

デザイン(デザイナーさん。社員等)——-見本用型紙作成――――――皮革裁断(たち包丁又は裁断機使用にて)―――――革漉き(縫製前の作業です。縫製がしやすく革の厚みを調整する)―――裏生地加工―――表と縫製開始――――見本完成―――検討、手入れ、または改正・修正見本作成(ここまでが職人さん言えるでしょう)―――本生産(型紙を刃型用の型紙に)――――これから縫製工場の出番です。工員さんといいますかね。大まかな工程表です。

したがって、このすべてを体得して一本だけを源から完成まで作る方、こうなると多くの修理もできるようになります。平成の不景気から修理を看板に出される方が増えていますね。

日本のハンドバッグの歴史をざっと話してみようね。昔から、日本独特の縫製法で作られてきた優れた袋物=嚢(旧漢字)物職人はたくさんいたんだね。縫製技術なども本当にたくさんの縫い方があったんです。同塗ったのかがわからないものもスか所のコレクションには残っているんだよ。ミシンのない時代 和の品物とはいえ欧米に負けない品物が出来ていたんだね。


明治維新以後、長谷川富五郎、幸次郎の兄弟は進取の気風が強く、外国人お雇い御用教員、教師家族、貿易商家族、政府確立の導師などの西洋人の婦人用バッグが少しずつ日本に入ってきてその故障したり壊れたりが生じるのでこれを修理することに目をつけてご婦人たちから修理の必要なバッグ類を預かり、解体途中の図を何枚も用意しながら、ばらして治すとことを学びながら復元するという工程を取り学んでいったんだね。

晴子:なるほどね、これが事始めなんだね。だから工場製造の前部分が職人養成に役立っていたんだね。

 、
私:だから、当時は他人が作ったものを治すには努力をしたんだろうな。一解きから少しずつスケッチを書きながらという作業は大変だったろうね。その当時はカメラもビデオもないし、結局、アニメと同じパラパラ漫画の技法を活用したんだろう。私のおばあさんからアニメといいう言葉はない時代に聞いたのだけれど話だけれど。まず間違いないと思いますよ。

今では美術品などの修復にもなくてはならない手法だよ。バッグの世界では作成になれた来た職人さんはケ池もあるのでデザインがから直接、型紙を作り裁ち包丁で革を裁断したり、新品も制作したり、修理もできるようになったんだね。時にはウ?どうやんだと考える頭を捻るようなものもあるんだよ。

晴子:そうかー、じゃーベテランの名工さんがそばに居ると安心だねー

まさに安心だねー。先にも行ったけれど金具の再生修理までできる人は本当に貴重な人材なんだよ
                                  おしまい

バッグの修理で困るのは革の色にこだわるお客様, 革の色は治すのは大変なこと。使用中の日光、風雨、人口燈などでの時間経過で色が変わります。特に、ぬめ革の100%同色化は神業だね