有限会社ACAハセガワでは、貴女の為に世界で一つのハンドバッグをオーダーメイドで作り上げます。ARS樹脂、プラスチック、アルミニュウム以外の革・皮製品のあらゆる修理の相談に乗ります。

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2021年12月23日 : 江戸袋物の系譜
徳川幕府の政策の基本はいわば文治主義でした。徳川二百五十年余にわたる
政権の安定は、経済の発展の基盤の上に立つたもので、当初の米中心とした経済から、貨幣、
商品を中心とする商業経済にへとその重点を移行させた物と言えましょう。そして、それまで
の地域的に限定された大名などに統制された領域経済から、全国規模の経済へと拡大された。
この結果、江戸・大阪と言う大都市圏を中心として商業特に問屋・卸業などの経済的勢力が、
大きく發転する結果となったと言えましょう。これらの商品の製造の為、色々な職人衆が生ま
れました。特に、元禄年間から職人衆の増加は目覚ましく袋物の流行もこの時代からと言われ
ています。この時代になるとフクロモノ=嚢物(袋もの)が一般に使われるようになりました。

もちろん、日本の袋物の歴史は古くからあり、特に、三塚古墳から出土した金属付属のついた
袋物などは現在に通ずるデザインの姿すら見られる。ただし、この品物は大陸から渡来した物
とも考えなくてはならないが、素晴らしい遺物である。(詳しくはインターネットで検索可能、
(2002.1.23報道発表されています。)

ともあれ、日本での代表的な品物である煙草入れを見ても、徳川初期から庶民のあいだに喫煙
の習慣が流行するようになり、腰提型煙草入れが流行るようになった。当時は”叺=カマス型”
(蒲=がまの穂で編んだ二つ折りの袋)入れが売れ筋になり、続いて、大名の参勤交代或いは
諸国寺社の参詣、物見遊山のための路銀入れ、札入れ(紙入れ)財布、合切袋、巾着袋、筥迫
(はこせこ)などの類であった。

これらの職人は布帛(ふはく)職人と革職人とに分かれ、革職人は鹿革と羊革を主な材料として
製作した。従って、現在の革袋技工の大きな流れとしては、布帛製品の製造から転向した者と
革職人から(革煙草入れ、布製懐中物諸製品等)から転向した物の二系統が在ります。

近代袋物縫製工技術の系統は、参考に別掲の系統表の通りで橘信濃を祖とする者が最も著名で
有る。信濃は徳川将軍家お抱えの袋物師で、俸禄は米百俵を賜り、格式としては士分と同様で
苗字帯刀を許されて、玄関先には常に高張提灯を立てていたと言われています。屋敷は日本橋
通り四丁目に構えていたという。

橘信濃の弟子にはふきりや長次郎が居た。長次郎は幕末頃が最も盛んな時期で、下谷坂本二丁
目に居住し、布帛、革双方を扱って、製作し、その技術は自他ともに日本一と言われ、その
門下の名工と言われて苗字を名乗った職人には河野栄次郎、田中鉄之助、島村林之助、花岡
林蔵、花岡喜太郎、北村宗次郎らが居た。その他、数十人の同門が居た。長次郎は明治四年
十月、七十八歳で亡くなった。

後のこの弟子の中から二つの流派がうまれ、河野栄次郎の河野派、花岡林蔵の花岡派である。
ハセガワの祖、長谷川富五郎は花岡林蔵を師匠として学んだ。そして、明治初期にいち早く
外国人、外国と商売をしていた方方、教師として来日して外国人家族から故障したバッグを
預り修理をしながら西洋式袋物=ハンドバッグを学び始めた。
その工程はパラパラ漫画の作り方を使った。写生力がモノ言った事であった。


2021年12月17日 : かばんとハンドバッグの事
皆さんが普段から、言いなれているカバン・かばん。バッグ、ハンドバッグには言葉の歴史があります。
この日本の言葉のさまざまな言葉の事情が有りました。この日本に紳士の物入れは”かばん”で良かったのですが。
当初は帆船でやってきた方々はトランク型の大きな型から、小型の物迄、大きな嚢物から肩掛け袋を持って来たのです。ルイヴィトンの歴史に有るようなものでご理解いただけるでしょう。


この方々が持ち込んだものが文明開化の日本では昔から旅行や日常使われていた兵庫県富岡周辺の柳行李の職人によって修理をされたり、新規の注文で生産されたり居てきました。この実物は博物館などで見られます。
まだご婦人は多くは有りません
 その後、明治維新後から安全になった日本は色々と貿易面や教育面、などあらゆる面でイギリス、フランス、アメリカなどから沢山の人々が来日し始めました。御用雇われの先生方も夫婦で到着し始めました。ハセガワの初代も含む日本の職人も目にするようになり洋式袋物を目にするようになりました。(図版1)二代目の五郎の奥さんである祖母霜から聞いた話ですが、色々な方々に紹介をお願して壊れたバッグ、不都合があるバッグを拝借して修理をさせてもらっていたとの事でした。

特に江戸タバコいれ職人、京都筥迫の職人が目にすることが多くなりました。金属の飾りを付けることが出来ましたから、口金付きの小型のまさに手提げバッグ=ハンドル付きバッグが出来始めました。ここから、ハンドバッグの歴史が始まります。


2021年2月14日 : ハンドバッグのオーダーメイドの価格が高くなるのは?
Q. オーダーメイドの価格高くなるのはどうして?

A. 一般にオーダーメイドという場合にはこの日本では三通りあります。メーカー、問屋、自社生産の小売店の既成型の素材、色のアレンジいわゆるセミ・オーダーメイドとかパターンオーダーメイド=昔はイ―ジ―オーダーと言っていました。香港あたりで一夜にしてホテルに届けますと広告が出ている物はこの代表的なものです。日本でも検索すると沢山出てきます。バーキンあり、ケリーバッグ在りです。明らかに普段生産している形だなとわかるものです。

正確に言えば一つだけ作る、フル オーダーがそれでしょう。参考にする原画・写真・スケッチがあるご注文、自分の希望の仕様を指定なされる場合をフルオーダー、カスタムメイド カスタムオーダーなどと表現します。この場合は無から有を作るわけです。

当然、製作時間はかかります。デザイン図から採寸、型紙お越し、荒裁ち、化粧裁ち、素材選定、手入れ、革裁ち、革漉き、馴らし揉みを含む準備工程、縫製開始(ミシン掛け、2~3種のミシンを使い分けなどなど、袋縫いの場合は返し工程などなど通算最低7時間、15~18時間は見なければなりません、難しいデザインですと20時間~見ます。必然的にコストは上がります。その分満足度は大きいものです。
2021年2月14日 : オーダーメイドに関するQ&A
.  海外の品物を模倣して作っても良いのですか?


はい、今では欧州・アメリカ・アジア各国で意識の高いビッグ・ブランドを所有する会社では、意匠権(デザイン・図案の権利)を確保している会社が多くなっています。従って、丸写しに新製品を模倣することは避けるべきと考えます。個人用に限り、一部自分用の使い勝手をデザインに加えたり、何らかの独自の変更などがあればお目こぼしになる場合があるでしょうが、確実なことではありません。     
一様その都度研究する必要があります。不用意には出来ません。
2021年2月11日 : 家族姓で登録商標
わが国では昭和35年1月28日までは苗字(ファミリーネーム)や姓名、名前では商標登録が出来なかったのです。いわゆるありふれた名前は相応しくないとの法が理由でした。

単に、名前を区別するだけのブランドであれば屋号や社名やニックネームでもよいのです。が、商標登録となりますと審査も厳しい特許庁の認可が必要です。認可が下りれば単なるロゴマークが正式なトレイド・マークと変わります。

私の実家ハンドバッグのハセガワ(電話を受ける時には”ハンドバッグのハセガワでございます”と発声していました。)これは祖父長谷川五郎が決めました。
ここで弁理士の井上一平さんが登場します。五郎は昭和29年、小判マークの中に”ハセガワ”という図案で商標登録を請求申請いたしました。が、翌々年31年1月14日日に却下の通知が参りました。顕現性がない一般の姓名であるとの理由です。

しかし、長谷川五郎は納得しません。長谷川で製造した品物は倅や娘と同様なのだから製造者には責任がある。ハセガワはこれを自覚して商いをするとの思想で新聞・雑誌に長い事、小判マークを一本一本取り付け、”マークで買えるハンドバッグ”、長谷川合名会社の広告を掲出していました。

五郎の意思はこのことから、ロゴマークでほかのはせがわ・長谷川・ハセガワとは区別をして、責任の所在をお買い上げのお客様にも理解してほしいということを表している。そこで、申請時からお世話になった弁理士井上一平先生と正式に特許庁長官を被告とし、提訴した。それから東京高等裁判所に商標登録願い拒絶査定不服公告審判取り消しを請求の告訴状を提出した。昭和35年1月28日東京高等裁判所において判決を言い渡され、長谷川合名会社の勝訴となりました。




この後はどんな分野の商売でも全ての姓名、苗字、名前(個人ネーム)で登録できる門戸が広がりました。
商標登録の力で思い出すエピソードはあの大三越から有名なレナウンに店頭の全商品は三越とレナウンのロゴマークがついているが、レナウンのネームは取り去り、三越だけにしてくれと命ぜられました。倉庫の品、今後の納品分もとの指示が出た事がありました。当時のレナウン(当時は佐々木営業部と称していました)の本間良雄様はこれを様は納得せず拒否して三越全店からレナウン商品をトラックを動員して返品伝票を書き全商品を持ち帰ったため当時の売り場がスカスカになり三越側が大変困り頭を本間様に下げて元に戻してもらったことが在ります。

長谷川のブランドはその後は ラモーダ、ラモーダハセガワ、ラモーダエレガンスなどのブランド商品を販売。今でもオークションサイトに掲載されています。



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